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瀧島さとる
スカルラッティ:ソナタ
シューマン:子供の情景 op.15
ラフマニノフ:前奏曲 op.32
ギロック:Canale Street Blues
ノートン:Barbed Wire Blues
イグザイル:道
AI:Story
ドイツの9月上旬。夏が駆け足で通り過ぎ秋の空気が街を包んでいた。目と鼻の先にRhein河が流れている。Kulturnacht.
久しぶりのドイツでの演奏。聴衆が日本人であるのと、欧米人であるのでは感情移入も対外的に受ける感触も違う。やはり本場人を目の前にするのは体内に隠れている感覚を呼び起こす。芸術と人々が一体になる空気。あの感動的な手指がキーから逃げていくマジックハンドの感覚がよみがえる。
この度準備されたピアノはドイツ製のROENIG。キーと指との接点あるいは接触面が離鍵する時のタイミング。遠心力の関係上、若干だが手が軽く浮き上がる感触。新たにもう一つ発見。湿度の影響もあるのではないか。演奏中味わい観察してみた。
大気に踊らされるというか、流れにさらわれてしまうというか。明確な解明は困難だが芸術は未知であるからこそ面白い。
とんでもないことを感じてしまった。
シューマン:子供の情景 op.15
ラフマニノフ:前奏曲 op.32
ギロック:Canale Street Blues
ノートン:Barbed Wire Blues
イグザイル:道
AI:Story
ドイツの9月上旬。夏が駆け足で通り過ぎ秋の空気が街を包んでいた。目と鼻の先にRhein河が流れている。Kulturnacht.
久しぶりのドイツでの演奏。聴衆が日本人であるのと、欧米人であるのでは感情移入も対外的に受ける感触も違う。やはり本場人を目の前にするのは体内に隠れている感覚を呼び起こす。芸術と人々が一体になる空気。あの感動的な手指がキーから逃げていくマジックハンドの感覚がよみがえる。
この度準備されたピアノはドイツ製のROENIG。キーと指との接点あるいは接触面が離鍵する時のタイミング。遠心力の関係上、若干だが手が軽く浮き上がる感触。新たにもう一つ発見。湿度の影響もあるのではないか。演奏中味わい観察してみた。
大気に踊らされるというか、流れにさらわれてしまうというか。明確な解明は困難だが芸術は未知であるからこそ面白い。
とんでもないことを感じてしまった。
林英哲
林英哲:鼓動
ベルリンフィルハーモニーの屋外コンサート。なんと形容したらいいだろうか。今まで何処にこんな音楽が隠れていたのだろう。生まれて初めての感覚。リズムによる表情の幅の広さ。全身から沸き立つ躍動。弱音から強音までのdynamicの豊かさ。そこから伝わる振動はperformerと共に体感できる。
現代曲としての和太鼓の協奏曲。オーケストラのパートも斬新な響きで和太鼓に絡み合う。その中にカデンツァ風のソロが続き躍動に呑まれそうな魅力溢れる部分がある。
林の和太鼓の奏し方は振動の中に多様な律動色や音色があり、細やかな陰影は打つ際に微妙に位置を変えながら響きを作り上げていく。皮で張った空洞が詩情豊かな顔色をしている。ちょうど炎が引火し燃え上がったり、弱火に消えかかったりするエネルギーは非常に雄大。
林の登場は人を引き付ける華があり、日本の伝統と文化を西洋のものと結びつけ世界中を横断して行く。演奏が終わってもその奮い立つような感動と興奮でBravoの嵐は止まなかった。
ベルリンフィルハーモニーの屋外コンサート。なんと形容したらいいだろうか。今まで何処にこんな音楽が隠れていたのだろう。生まれて初めての感覚。リズムによる表情の幅の広さ。全身から沸き立つ躍動。弱音から強音までのdynamicの豊かさ。そこから伝わる振動はperformerと共に体感できる。
現代曲としての和太鼓の協奏曲。オーケストラのパートも斬新な響きで和太鼓に絡み合う。その中にカデンツァ風のソロが続き躍動に呑まれそうな魅力溢れる部分がある。
林の和太鼓の奏し方は振動の中に多様な律動色や音色があり、細やかな陰影は打つ際に微妙に位置を変えながら響きを作り上げていく。皮で張った空洞が詩情豊かな顔色をしている。ちょうど炎が引火し燃え上がったり、弱火に消えかかったりするエネルギーは非常に雄大。
林の登場は人を引き付ける華があり、日本の伝統と文化を西洋のものと結びつけ世界中を横断して行く。演奏が終わってもその奮い立つような感動と興奮でBravoの嵐は止まなかった。
ミーシャ・マイスキー
バッハ:無伴奏チェロ組曲
ドイツの3月は未だ冬の寒気が街のあちこちに漂っている。郊外の小さな村。
なんて素晴らしいバッハだろう。Mischa自身は巨匠でありながら様々な巨匠のPerformanceを研究している。おのおのが演奏するOne Phraseに対し何を感じどうしているのかを具体的に描写する。息の長いLineの作り方、細やかな陰影の出し方 etc.....。
だが当然ながらそれとは全く別物で、独自の情緒溢れるスタイル。Bachを自分へ引き寄せ、個人的な響き、個性溢れれる捕らえ方で壮大な輪郭を描く。自由で即興的なアーティキュレーションは無限に展開していくおもしろさと奥深さがある。
ステージ中央からホールを甘味に包み込む様な気体が永遠と広がっていった。秘密に包まれた世界が隈無く証され吸い込まれるようだった。誰一人微動だにしなかった。
ドイツの3月は未だ冬の寒気が街のあちこちに漂っている。郊外の小さな村。
なんて素晴らしいバッハだろう。Mischa自身は巨匠でありながら様々な巨匠のPerformanceを研究している。おのおのが演奏するOne Phraseに対し何を感じどうしているのかを具体的に描写する。息の長いLineの作り方、細やかな陰影の出し方 etc.....。
だが当然ながらそれとは全く別物で、独自の情緒溢れるスタイル。Bachを自分へ引き寄せ、個人的な響き、個性溢れれる捕らえ方で壮大な輪郭を描く。自由で即興的なアーティキュレーションは無限に展開していくおもしろさと奥深さがある。
ステージ中央からホールを甘味に包み込む様な気体が永遠と広がっていった。秘密に包まれた世界が隈無く証され吸い込まれるようだった。誰一人微動だにしなかった。
ダニエル・バレンボイム
バッハ:ゴルトベルク変奏曲
Parisには何度か訪れたことがある。念願のバスの最後部のデッキに立ち風が爽やかだった。露天バス!Bonjour, un cafe s'il vous plait! なんて言いだすと足取りまで軽やかになる。街並みと言語は不思議な力がある。雰囲気、リズムやイントネーションは音楽と常に関連性があり、その中に生まれた時から浸れることは本当に幸せ。
美術の街Parisで聴くバッハも格別。ゴルトベルク変奏曲はこれだけで70分から80分にわたる難曲。一晩のリサイタルにこの曲を取り上げ弾きこなせる人が他にいるだろうか。希望の光が射し込み、どこか切ない心にしみるアリア。ここから多彩なヴァリエーションが繰り広げられまたアリアに終わる。やり残したことのない人生の結晶の様に響く。この最後のアリアが冒頭と同じであるが、バレンボイムは遠い昔を振り返り全ての情景が手に取るようによみがえる様な弾き方だった。
物理的には一度出したピアノの音は消えるいっぽう。たが彼の場合幾つもの音が重なり合う中で、それが増幅したり色彩の変化を伴っているかのように錯覚させるような妙技だった。前者と後者は完全に相反するが、それが可能。天才的だった。
Parisには何度か訪れたことがある。念願のバスの最後部のデッキに立ち風が爽やかだった。露天バス!Bonjour, un cafe s'il vous plait! なんて言いだすと足取りまで軽やかになる。街並みと言語は不思議な力がある。雰囲気、リズムやイントネーションは音楽と常に関連性があり、その中に生まれた時から浸れることは本当に幸せ。
美術の街Parisで聴くバッハも格別。ゴルトベルク変奏曲はこれだけで70分から80分にわたる難曲。一晩のリサイタルにこの曲を取り上げ弾きこなせる人が他にいるだろうか。希望の光が射し込み、どこか切ない心にしみるアリア。ここから多彩なヴァリエーションが繰り広げられまたアリアに終わる。やり残したことのない人生の結晶の様に響く。この最後のアリアが冒頭と同じであるが、バレンボイムは遠い昔を振り返り全ての情景が手に取るようによみがえる様な弾き方だった。
物理的には一度出したピアノの音は消えるいっぽう。たが彼の場合幾つもの音が重なり合う中で、それが増幅したり色彩の変化を伴っているかのように錯覚させるような妙技だった。前者と後者は完全に相反するが、それが可能。天才的だった。
アルフレート・ブレンデル
ハイドン:アンダンテと変奏曲 f-moll Hob.XVII/6
ハイドン:ソナタ h-moll Hob.XVI/32
ハイドン:ソナタ C-DUR Hob.XVI/50
シューマン:子供の情景 op.17
この日のブレンデルのチケットは殆ど完売だった。どうしても聴きたかった。ダメでもともと、当日FreiburgのKonzerthausに電話した。「1枚だけまだ残っている。19時まで確保できる。」幸運に恵まれた。
BrendelはAndreasの大好きなピアニスト。確かGraz出身で身の丈約2m程である。主にオーストリアものやドイツものを中心に弾いている。
今回もハイドンとシューマンで考えぬかれた構築性のある面白い演奏だった。知能的造形の上に成り立つあのTheater。例えば、口をひん曲げたり、鼻の穴をおっぴろげたり。そういった詳細な顔の表情は一つ一つの音の持つ世界を表現するエネルギーとなり放出する。楽譜を深く味わって読むことの重大さを改めて実感した。また是非聴いてみたい。
ハイドン:ソナタ h-moll Hob.XVI/32
ハイドン:ソナタ C-DUR Hob.XVI/50
シューマン:子供の情景 op.17
この日のブレンデルのチケットは殆ど完売だった。どうしても聴きたかった。ダメでもともと、当日FreiburgのKonzerthausに電話した。「1枚だけまだ残っている。19時まで確保できる。」幸運に恵まれた。
BrendelはAndreasの大好きなピアニスト。確かGraz出身で身の丈約2m程である。主にオーストリアものやドイツものを中心に弾いている。
今回もハイドンとシューマンで考えぬかれた構築性のある面白い演奏だった。知能的造形の上に成り立つあのTheater。例えば、口をひん曲げたり、鼻の穴をおっぴろげたり。そういった詳細な顔の表情は一つ一つの音の持つ世界を表現するエネルギーとなり放出する。楽譜を深く味わって読むことの重大さを改めて実感した。また是非聴いてみたい。






